2013年5月17日金曜日

トルストイ:イワン・イリイチの死




スピリチュアル・ティーチャーのウェイン・ダイヤーの様々なトークで、トルストイの名作 "イワン・イリイチの死"について話をします。ウエインが19歳の時に衝撃を受けた作品でこの本を読んだ事が切っ掛けで絶対に後悔する生き方をせず、人生をフルに生きようと誓ったそうです。

ロシア文学を代表する文豪トルストイの後期短編であるこの作品はタイトル通り、主人公のイワン・イリイチの死についての物語です。モスクワの高名な裁判官をして裕福な暮らしをしているイワン。地位、名声、世間体、裕福な生活を守る事だけを考え生きてきた人生でしたが不運な事故が原因で不治の病にかかり、苦しみながら死んで行く人生が描かれています。


嫌いな仕事を妻に無理矢理させられて来た人生、妻の事が嫌いでしょうがなく、うまく行かない夫婦関係。死を目前にしてイワンは世間で言う価値のある人生、裕福な暮らしを守りぬく人生、地位、名声などは無意味だと言う事に気づき、神や人々の為に仕えるのが本来の人生の意味だと言う事に気づきます。死ぬ間際にイワンはこう問います "ひよっとしたら、私は生き方を誤ったのかもしれない"。


人生を皮相的に生きる方法しかわからないまま一生を過ごす。このイルージョンのヴェールは非常に根深いのです。1886年に出版された本書ですが、トルストイの描いた人生の意味と死についてのテーマは今でも関連性があり、万人の生き方、死に方を示している様です。大勢の人がイワンの様な生き方、死に方をしていき、富や名声、どれだけお金を稼げるか、どれだけ物を持っているかで人間の真価を定めてしまう社会。(自分の人生に置き換えて、周りを見渡してもあの人は沢山物を持っているから成功してる、地位があるから成功していると人間性の真価を持っている物で自動的に判断してしまっています)


もちろん成功を望み、それを得るためにがんばるという事は素晴らしい事ですし、みんな物質的成功を望んでいる事でしょう。人生それが全てではないと言う事に気づく必要があるのです。生活面での成功はもちろん大切ですが、魂がスピリチュアル面で満たされる事も同時に必要です。人間がスピリチュアルな体験をしているのではなくて、スピリチュアルな存在が人間としての体験をしているからです。

大勢の人達がお金、物を収集するための人生を生きている事でしょう。そして死を目前にして人生とは人の真価とは世間体や富で定められないと言う事に気づくのです。主人公の様に肉体の死を目前に "ひよっとしたら、私は生き方を誤ったのかもしれない"と言うのは万人の自問自答かもしれません。


目覚めへの道であるヨガは毎日毎日少しでも私達の中に息づいている"神聖"なエネルギー、ヴァイブレーションに敏感になる様、奨励してくれます。私たちに各人の中にある生き生きとしたユニークな内なる知恵を表すよう助けます。そして知恵の川の自由な流れを妨げるものを取り除くよう力づけます。マインドフルで目覚めている人生を送れるように気づかせてくれるスピリチュアル・プラクティスです。ヨガは "今" この瞬間に目覚める事が可能だと言う事を教えてくれます。そして、この人生を生きながら、何度も"死"を体験し、そして何度も再生し、"今"を自分のベストを尽くしながら生きて行く様サポートしてくれるのです。



ヨガスポットで、ヨガマットの上で会いましょう。


来週は抱きしめる聖者、アンマのダルシャンです。アンマの目覚めている生き方、慈悲と愛に触れ、インスピレーション、抱擁を求めに毎年数万人訪れます。
私は水曜の夜、クラス後に行く予定です。







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